【特別レポート】国宝「浄土寺」で魅せる、広島の食材とフランス二つ星パトリック・アンリルーシェフによる夢の饗宴

2018年10月、広島県尾道市にある国宝「浄土寺(じょうどじ)」にて、2日間限定のスペシャルディナーが開催された。フランスはヴィエンヌ(リヨンから南に約20km)にある、1992年より毎年二つ星を守り続けているレストラン『ラ・ピラミッド(La Pyramide)』オーナーシェフ、パトリック・アンリルー(Patrick Henriroux)氏と、広島県を代表するフレンチの若手料理人たちが集結し、広島食材の魅力溢れる料理を披露したのである。 Pick up topics 1.国宝「浄土寺」について 2.広島の食材からパトリックシェフがインスピレーションを受けた特別メニュー全貌 3.フランス料理を通してみる、広島グルメのいまと未来 4.ポケットコンシェルジュから予約のできる広島県内のレストラン     1.国宝「浄土寺」について 広島県尾道市の国宝「浄土寺(じょうどじ)」は、真言宗泉涌寺派大本山の寺院で、聖徳太子の創建と伝えられ、足利尊氏ゆかりの寺としても知られている。寺域全体が国宝指定されているのは、日本全国で二例のみで、正に文化財の宝庫。本堂「多宝塔」は国宝、山門「阿弥陀堂」は国の重要文化財、庭園は名勝に指定されており、豊臣秀吉ゆかりの茶室「露滴庵」もある。 ※「広島県公式観光サイト ひろしま観光ナビ」より一部引用 仏教の戒律に基づき、寺では殺生が禁止されている。生き物の血を流すことは許されない。そのため、魚や肉など血の流れる食材の仕込みはすべて別の厨房でおこなわれ、浄土寺の庫裏(くり)で仕上げられているというから、シェフたちの苦労は通常のレストラン以上にはかり知れない。 しかし華やかに演出された表舞台は、なんと優雅で艶美なのだろう。淑やかにテーブルにつく宴の主役は、ライトアップされた浄土寺の庭園を眺めながら、畳の敷かれたダイニングにてフランス料理を食せる稀有な体験に身をよせ、レストランの非日常空間を卓越した幸福感を味わうこととなる。 ゲストを迎えるテーブルセッティングでは、この日の特別な料理の為に用意されたという、広島にゆかりのある陶芸家たちの器が置かれた。 メニューが置かれたショープレートは、日本家屋の数奇屋建築で見られる土壁から発想を得て、「質感」と「たたずまい」のイメージを合わせて作られた、若狹祐介(わかさ ゆうすけ)氏の作品。まるでオブジェの様な雰囲気をかもし出す。そしてパン皿は、「板作り着け高台」という成形技法を使った、芳賀稔(はが みのる)氏の作品。シンプルで自然な、土の表情が印象的。質感や色調など、和と洋の融合をなしたプレートたちが、料理と器の相乗効果で特別ディナーを盛り上げてくれる。 広島には今回初めて訪れたというパトリック・アンリルーシェフの挨拶を皮切りに、いよいよ「尾道・浄土寺の晩餐」が開宴。 乾杯のシャンパーニュは、「アンリオ ブリュット スーヴェラン」のマグナムボトル。料理に寄り添うワインペアリングは、ホテルグランヴィア広島にて25年間シェフソムリエを務めた、マスターソムリエの的場勝氏。 2.広島の食材からパトリックシェフがインスピレーションを受けた特別メニュー全貌 まず、アミューズとして登場したのは三種の皿。「三良坂フロマージュ」「瀬戸内産鯛」「比婆牛」など、広島の食材をそれぞれに活かした料理が並んだ。 ①写真左「瀬戸内産鯛のサルピコン、ピンクペッパー」 「サルピコン」とは、スペイン風のシーフードサラダ。瀬戸内産の新鮮な鯛を細かく刻み、バイオレットマスタードをエスプーマ(泡状)にして軽く仕上げ、ピンクペッパーで色味も風味も鮮やかに仕上げている。器は広島県を代表する志野作家の有本空玄(ありもと くうげん)氏によるもの。桃山時代からある「志野四方向付」という形で、使用している良質な“もぐさ土”がピンク、鉄化粧が青、そして赤茶色の景色は志野独特の緋色として、柔らかな風合いと日本の風情を表現している。 ②写真右「比婆牛のタルタル、ブイヨンとワサビ・シャンティー添え」 「比婆牛(ひばぎゅう)」とは、広島県庄原市が誇るブランド和牛で、最古の蔓牛(つるうし)とされる「岩倉蔓」から、和牛改良の歴史と伝統を受け継いでいる。1988年の「農林水産祭」では、畜産業界最高の栄誉である天皇杯を受賞。 ※広島県庄原市ホームページより一部引用 こだわりの比婆牛を24時間マリネし、タルタル仕立てに。肉からとったブイヨン(だし)と山葵で風味づけしたムースで覆い、トップには鰹節が一枚。グリーンのパウダーはなんと抹茶だ。和牛と鰹節がもつ同種の旨味成分(イノシン酸)を掛け合わせることで、うま味の相乗効果をはかった一皿。小さなスプーンで3口ほどだが、凝縮されたうま味がもたらす満足感に納得である。 ③写真中央「三良坂フロマージュ・フレのドーム、キャロットを纏って」 広島県三次市の三良坂町にて、自然放牧「山地酪農(やまちらくのう)」というスタイルで育てられた、牛と山羊の放牧ミルクを使用しているチーズ工房「三良坂フロマージュ」。その山羊のチーズを、フランス・リヨン独特の食べ方からオマージュし、フレッシュチーズにエシャロットやスパイスを加えたものを、ゼリー状に固めた人参のピュレで覆い、宝石のように見立てた。アミューズスプーンを傾けて滑り込ませれば、薄い膜が口の中で弾け蜂蜜の甘さとともに調和していく。 つづくオードブルは、瀬戸内海産牡蠣の6種盛り合わせ。ソースや調味料、食材との組み合わせだけでなく、食感、風味、そして視覚的にも豊かなバリエーションで愉しませてくれる。 「大黒神島(おおくろかみしま)」は瀬戸内海に浮かぶ無人島で、牡蠣の清浄海域に位置しており、真水殺菌を必要としない安全な牡蠣が育つとして名高い。小ぶりな身に繊細なミネラル感を蓄えた牡蠣は、そのまま食すよりも、多様にアレンジした食べ方によってその魅力が引き立つ。真ん中から時計回りに、白ワインビネガー、アボカドとレモン包み、リンゴのジュレ、レフォール(西洋ワサビ)のクリーム、カリフラワーとカレーのクリーム、醤油・オイスターソース・バルサミコで味付けしたタピオカとチコリ。器は、「トビカンナ」という伝統的な技法を施した中曽智子(なかそ ともこ)氏の作品。装飾の一つ一つが不揃いで、女性らしい繊細さとチャーミングな味わいがある そして7種類目として用意されたのは、ムール貝のポロねぎスープ。牡蠣はジュ(だし)として使用。6種類とメニューに記載しておきながら、そっと7品目を差し出すなんて、パトリックシェフの茶目っ気がうかがえる。 「大崎上島(おおさきかみじま)」は瀬戸内海に浮かぶ島。湧き水と海水が混ざり合った栄養豊富な塩田跡にて、広島県で唯一、車海老を養殖している。その瀬戸内海の潮汐を思い起こさせるような今田拓志氏の器「流し掛け長石釉皿」の上で、ライスパフを忍ばせた濃厚な山羊のチーズソースが交錯する食感の渦を生み出し、車海老は躍る。 パンは、広島県福山市のブーランジェリー「格太郎と麦」のもの。「三良坂フロマージュ」の、牧草のみを食べて育ったブラウンスイス種(スイス原産の乳牛)のミルクで作られたバター「グラスフェッドバター」をたっぷり乗せて。 バターの器は佐々木しず氏による、愛知県瀬戸市の土を使用したイッチン紋様。さりげなく浮き上がる花びらには、おだやかな華やかさがある。後ろのおしぼり器は「貼花技法」で紋様を強調した、渡邉陽子(わたなべ ようこ)氏の作品。窓を流れる雫からインスピレーションを受けたデザインで、本焼成後に金彩・色絵を施すことで、瑞々しさを与えている。 アコウ(キジハタ)はハタの一種で高級魚として名高い。ぶりっとした食感に火入れされたアコウは、生産量日本一の広島レモンでほろ苦さを加えた、濃厚なチーズリゾットとともに。器は、西村芳弘(にしむら よしひろ)氏の作品。東広島の土を使い、ただ単にキレイな白ではなく、シンプルかつ味のある白さを表現。「釉薬は、ナイフ等で傷が付きにくい配合で、盛り付けやすい内側のカーブを意識しました。給仕の際にも扱いやすい重さ(軽さ)を目指したのですが、あまり薄く軽くすると器が歪んでしまうので、その加減に苦労しました」と西村氏は語る。 アミューズにも使用されていた、広島県のブランド和牛「比婆牛」フィレ肉のロースト。牛のジュ(だし)と約10種のスパイスを合わせたソースをベースに、あわび茸、人参のグラッセ、プルーンのコンポートなど数種の甘みを付け合わせとして散りばめたメインディッシュ。パトリックシェフオススメのロゼ色に見事に火入れされている。 アヴァンデセールとして供された一品目のデザートは、広島県産のレモンをたっぷりと使用した、正真正銘「本当のレモンづくし」。フロマージュブランのムースの中に隠れているのは、レモン風味のスポンジケーキに、レモンコンフィチュール、そしてレモンジュースを添えて。佐々木しず氏のたおやかなプレートがオフホワイトのデセールを華やかに仕上げている。 そしてメインのデザート、グランデセールは、黄金に光るグランドピアノを模したチョコレートの一皿。レストラン『ラ・ピラミッド』のあるヴィエンヌでは、世界的に有名な「ヴィエンヌ・ジャズ・フェスティバル」があり、そのグランドピアノをシンボルにしたパトリックシェフのシグニチャーデザート「ピアノ ショコラ」である。今回は、特別に新世代バージョンとして、日本で初めてゲストに振る舞われた。軽やかなタッチで鍵盤をたたくと、中から濃厚なチョコレートがこぼれ、終焉のメロディーを奏でる。 口直しにと添えられたのは、こちらも金をあしらったカカオソルベ。実はどちらもなかなかに濃厚なのだが、的場ソムリエが合わせた広島「三次ワイナリー」の甘口ワイン「トモエ セミヨン クリオ・エクストラクション NV」が、混沌としたカカオの渦をするすると滑らかにほどいてくれた。広島県一のワイン生産量を誇る、「三次ワイナリー」のこのデザートワインは、パトリックシェフも「フランスに持って帰りたい」と言ってとても気に入ったそう。何を隠そう筆者は広島県出身であり、馴染みのあった地元の三次ワインが、アイデンティティの強いフランス人シェフの琴線にこうして触れたのかと思うと、フランス料理やフランスワインに強い憧れを抱いてきた自身にとって、なんだかむず痒いほどに嬉しい。そして誇りに思う。 写真左から、 ・アンリオ ブリュット スーヴェラン NV マグナムボトル / シャンパーニュ ・エスプリ ドゥ シュヴァリエ 2015 ぺサック・レオニャン / ボルドー ・ドメーヌ ジョルジュ ヴェルネ 2011 コート ロティ / コート デュ ローヌ ・三次ワイナリー トモエ セミヨン クリオ・エクストラクション NV / 三次 / 広島 3.フランス料理を通してみる、広島グルメのいまと未来 広島県出身の私でさえ、今回ほど、広島の食材に目を向けたことはこれまでほとんどなかった。2013年に初めてミシュランが広島に上陸し、2018年には『ミシュランガイド広島・愛媛 2018 特別版』として復活、そして『ゴ・エ・ミヨ 東京・北陸・瀬戸内2018』も発表され、2018年は広島の美食業界にとって大きな転機となった。 今回の特別ディナーでは、広島県が2014年より毎年開催している、若手料理人の発掘・育成を目的とした「ひろしまシェフ・コンクール」の成績優秀者をはじめ、新時代の若き才能を発掘する日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35 2017」の優勝者・赤井顕治氏(写真右)など、広島を拠点に活躍する若手料理人たちが多く尽力した。 若き広島の料理人たちは、口をそろえて言う。「生まれ育ったこの広島だからこそできることや、やるべき価値のあるレストランを作り、県外からも足を運んでもらえるよう、もっと発信力を強めていきたい」と。 気候に恵まれ、資源に恵まれ、それらを育む生産者が多くある広島。私が子どもの頃、いつも遊んでいた小さな公園からも瀬戸内海が見えた。振り向けば緑があり、山があり、小学校の裏山では木登りをしたり、どんぐりを拾ったり、森と遊んでいた。そんな広島の懐かしい香りが、今回の特別ディナーの中で、パトリックシェフのフランス料理からじわじわと浮き上がってきたのだ。忘れかけていた感覚がたちまち目を覚まし、鳩が豆鉄砲を食ったような、そんな衝撃を味わった。初めて広島に来たパトリックシェフだからこそ、新鮮な気持ちで、広島の食材がもつ、この地に根を張った力強さに気づくことができたのかもしれない。 そしていま、広島の血が流れる私が、全国そして世界へと広島の食の素晴らしさを発信することの意義を問う。この世界の片隅にある広島に、多くの魅力とパワーがあるということは、かくして日本の大きな力でもある。どうか多くの方に、一度と言わず二度三度と広島の地に足を運んでいただき、平和の灯を支える魅力の虜になっていただきたい。 【取材・執筆・写真】濵本亜沙子 【撮影・料理写真】田頭義憲(ウリボー写真事務所)、湯谷葉子 ※次回のブログにて、今回の特別ディナーで活躍した、広島県の若手シェフ達にスポットを当てた特集記事をご紹介いたします。   4. ポケットコンシェルジュから予約のできる広島県内のレストラン   【広島市】 季節料理なかしま 広島県広島市・日本料理 … Continue reading 【特別レポート】国宝「浄土寺」で魅せる、広島の食材とフランス二つ星パトリック・アンリルーシェフによる夢の饗宴