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日本酒の出荷時期として知られているのが、12月中旬〜3月頃までの「新酒」、そして、「冷やおろし(※)」を含む秋冬の酒(10月1日~12月中旬)だが、ここ数年で夏に飲む日本酒として定着してきたのが「夏酒」だ。6月1日〜8月末まで楽しめる日本酒で、夏の食材を意識した酒質や瓶のラベルも夏らしさが演出されている。本企画前半では、この「夏酒」の仕掛人である『味ノマチダヤ』(酒販店)の印丸 佐知雄氏に、日本酒に対する考え方や夏酒の市場をつくった経緯などについて語っていただき、後半ではミシュラン一つ星の和食店『旬の味 いち』の田中祐市氏に、夏の料理と好相性の夏酒について伺った。

※冷やおろし(ひやおろし):春先に1回だけ火入れを行ない、タンクでそのまま半年ほど熟成させて、秋口に2回目の火入れを行わずに瓶詰めした日本酒。半年間熟成させて酒質が向上したという意味で「秋上がり」や冷や(生)のまま卸す(出荷する)という意味で「冷やおろし」と呼ばれる。

 

Contents
1. デザイナー(蔵元)を舵取りする、老舗酒販店の“志事”
2. 業界の底上げに貢献する、「スムーズ」な飲み口の日本酒
3. 夏の食材と楽しむ、「夏酒」ペアリングのポイント

 

 

味ノマチダヤ
番頭
印丸 佐知雄氏

1962年、熊本県生まれ。高校卒業後、東京・新宿の文化服装学院で3年間アパレル業界の知識を深める。その後、約6年間アパレル関連の営業として働く中で、晩酌の一つとして選んだ愛媛の銘酒「梅錦」に感銘を受けたことをきっかけに、自身の趣味趣向の中で日本酒の探求が始まる。さまざまな酒屋を周る中で、当時はまだ数少ない地酒の専門店であった『味ノマチダヤ』にお客として通い始め、転職のタイミングで同店のアルバイトに。そこから、酒販店の面白さに気づき、営業や蔵元の酒質向上のアドバイスなど、この道20数年のキャリアを積む。現在は同店の番頭を務め、営業の統括や日本酒業界の底上げを図る企画・イベントなどを手掛けている。

デザイナー(蔵元)を舵取りする、老舗酒販店の“志事”

 

――― 本題に入る前に少しお聞きしたいのですが、アパレルから酒販店という、かなり異色のキャリアですが、なぜ酒販店で働く道を選ばれたのですか?

 

デザイナーブランドにいたときは、販売応援などに行くのですが、そのデザイナーが作ったブランドを、お客様が似合ってない場合でも「あー似合いますねー」と、仕事柄言わないといけなかったんです。それはデザイナーが一人しかいないからなんですよね。でもお酒の場合は、蔵元ぞれぞれがデザイナーだと思えば、当店にいらっしゃったお客様に合った酒質のお酒をすすめることができるので、嘘をつかなくていいというのが一番良かったんです。そういった意味では、酒造りをしている杜氏さんはデザイナーという感覚で接することができたので、クリエイティブにモノづくりをやっている人たちが「飛露喜」廣木酒造本店を始めを始め、その当時から出始めていて、アパレルよりも酒販店の仕事の方に興味がでたわけです。ですので、『味ノマチダヤ』にアルバイトとして働き始めたころは腰掛けのつもりでしたが、そうではなくて、本腰を入れてそのデザイナーたちのお酒を売っていこうと思ったんです。

あと、途中からはラベルのデザインもやっていたので、そこでアパレルの経験が生きたというのも理由の一つです。お客様の中には、日本酒を買うときに、ラベルの好み(ジャケ買い)で選ばれる方もいらっしゃいます。しかし、当時はただ「純米酒」とだけ書いてある、あまりデザイン性のないものがいっぱいあったので、キャッチ―なラベルが必要でした。いま当店では40種類ほどカップ酒を置いているのですが、そのラベルのデザインも私からデザインの提案をしています。

 

――― 現在は「番頭」として働かれていますが、具体的にどのような仕事内容なのですか?

 

統括として『味ノマチダヤ』の営業や仕入れの段取りなど全般を見ています。いまは企画的なものが多いかもしれません。市場にないお酒があればそれを蔵元と話をしながらつくり出していくといった感じですね。日本酒の味わいの方法論は、ほぼほぼ出尽くしているので、いかに精度を上げていくかが主な取り組みです。現在の日本酒市場は、大手が約7割を占めています。その中で、いかにお客様が喜んでいるお酒を小さな地酒蔵と開発していくかというところが、私のいまの仕事です。現在は100蔵ぐらいの蔵元の杜氏とお付き合いがありますが、彼らは、日本酒の市場が分からずに酒造りを行っているケースが多いので、酒造りの味わいの方向性や市場をフィードバックしながら、こういう方向に酒質を持っていったらどうかという舵取りをしています。このような、日本酒の底上げ的なところはずっと変わらずにやっていますね。

 

業界の底上げに貢献する、「スムーズ」な飲み口の日本酒

 

――― 「夏酒」も、日本酒の底上げの一つとして企画されたのですか?

 

そうですね。「夏の酒」をテーマに2005年に企画しました。このころは焼酎が大ブームの時代でした。そうなると日本酒は夏場の売上は弱いですし、当時はまだ冬の飲み物というイメージがお客様の中にはあったと思います。そんなときに、焼酎の方にどんどん夏の市場が押されている中で、ふと「夏に特化した日本酒が市場にないな」と思ったんです。ここで何か夏の酒に特化したの日本酒をゼロから造らないといけないかなと。そこでいろいろな蔵元に、夏の食材をイメージして、夏に特化した日本酒を造ろうと声をかけたのが始まりです。

 

――― 「夏の酒」企画当初は、どのくらいの蔵元が参加されたのですか?

 

仕込みは2006年に、17の蔵元に協力いただだいてスタートしました。日本酒の味わいに関しては、山田錦を使ってくれとか、精米歩合は何%にしてくれとか、そういうことは一切言わずに、「とにかく夏をイメージしたお酒を、皆の技術力で表現して欲しい」とだけ伝えています。あとは、ある程度短期スパンで売るお酒なので、定番商品ではできない新しい酒質にもチャレンジもしてみてはどうかと話しています。ただ、しっかりとした市場をつくるためにも、夏酒のお披露目の前には店のスタッフと一緒にテイスティングを行ない、味わいがいまいちな場合は販売していません。それだけ真剣にやっている企画ですね。

 

 

〈2006年に仕込みにチャレンジした蔵〉

青森・豊盃(ほうはい)、新潟・村祐(むらゆう)、山形・羽陽一献(うよういっこん)、千葉・福祝(ふくいわい)、愛媛・石鎚(いしづち)、茨城・来福(らいふく)、和歌山・雑賀(さいか)、宮城・乾坤一(けんこんいち)、山口・東洋美人(とうようびじん)、宮城・伯楽星(はくらくせい)、京都・蒼空(そうくう)、大分・鷹来屋(たかきや)、山口・貴(たか)、福井・早瀬浦(はやせうら)、奈良・篠峯(しのみね)、福島・天明(てんめい)、愛知・長珍(ちょうちん)

※2007年には、佐賀・鍋島(なべしま)、佐賀・万齢(まんれい)、滋賀・不老泉(ふろうせん)、宮城・山和(やまわ)も加わり、2017年には約40蔵が仕込みを行なった。

 

 

――― 夏酒とその他の日本酒の味わいの違いは何ですか?

 

まず暑い夏にいかに美味しく日本酒を飲むかを考え、立ち上げた最初の頃はスッキリとした飲み口の「夏酒」が多かったのですが、いまでは度数の低いもの、発泡タイプ、酸が高いもの、にごり酒、冷えた体に優しい夏の燗酒など、味わいや飲み方もいろんなバリエーションが増えました。しかし「夏酒」として一番大切なのは飲み疲れ、飲み飽きしない「スムーズ」さを酒質に出すように蔵元と話しています。 極端に言えば夏以外では物足りない味わいがちょうど良い塩梅になるのかもしれませんね。

 

――― 仕込みはいつ頃から始まるのですか?

 

新酒の仕込み時期の後半に持ってくるところが多いみたいですね。熟成させるお酒ではないので、後半の方で造ってフレッシュさを残しつつ、夏の時期に提案するといった感じです。

 

――― 「夏の酒」企画から12年目となりましたが、最後に今後の展望をお聞かせください。

 

企画当初は、解禁日を6月1日に決めて、夏の間に売る酒として提案したのですが、それがどんどん普及していくことで、最近では5月ぐらいから市場に出始めています。これは私にとってはフライングですね。『味ノマチダヤ』としては季節感を持って提案していきたいので、今年に関しては6月から発売する酒蔵さんしか扱わないようにしています。そういうところを正していかないと、いつまでたっても季節感のないお酒がだらだらと市場に出てしまうと思うんです。

 

あとは気を引き締めるというか、出せば売れるというような市場にはしたくないですね。蔵元と真摯に、お互いテイスティングしながら精度の高いものを出していきたいです。飽きられる原因って、なんとなく慢性的につくり出して誰も味をチェックしなくなって廃れていくんだと思います。その辺はせっかく市場ができたので緊張感をもってお互いにやっていくということしかないですね。料理もそうですよね。作り手のテンションがさがれば味が落ちていくと思いますし、そうするとお客様が離れていくと思うので。せっかくできた市場なので、質を保ちながら維持していくという意識を持って今後も取り込んでいきます。

 

味ノマチダヤ

創業昭和27年、「食に寄り添う酒」がコンセプトの酒販店。グルメ漫画「美味しんぼ」に登場したことでも有名。店で取り揃える酒は、6割が日本酒で、4割が焼酎やその他リキュール類。日本酒に関しては、年間3000種類を仕入れる。海外からのお客が訪れることもあり、英語での接客も可能。
ホームページ:http://ajinomachidaya.com/

夏の食材と楽しむ、「夏酒」ペアリングのポイント

 

夏の食材との相性を考えて造られた「夏酒」は、いまや多くの蔵元からさまざまなタイプのものが発売されている。夏の食材というと、夏野菜や鮎・鱧などの魚介類も豊富にあるが、実際には何を視点にお酒を合わせると良いのだろうか。本企画後半では、旬の食材と好相性の日本酒の提案に定評がある、『旬の味 いち』の店主・田中祐市氏に、夏の食材を使った料理と「夏酒」を合わせるポイントについて伺った。

 

※料理や日本酒は、2017年6月末の取材時のものです。季節や仕入れ状況により内容が変わります。

 

旬の味 いち
田中祐市 氏

1965年、長野県生まれ。実家が野菜農家を営んでおり、幼少期から旬の野菜の美味しさに触れながら育つ。16歳のころから静岡の調理師学校に通い、18歳で上京。十数年に渡り、銀座の料亭などで腕を磨く。1997年、「季節のものを、その季節に食べる贅沢が味わえる店」として『旬の味 いち』を東京・原宿にオープン。3年後、現在の東京・六本木に移転し、2017年で20周年となる。

 

 

岩牡蛎×「大那」

 


氷を敷いた皿に、おおぶりの岩牡蛎をのせ涼やかな夏を演出。取材時はここ数年、品質が安定していると言われている徳島県産の岩牡蛎。食べ応えがあり濃厚で、程よい海水の塩分とミネラル感の余韻が残る。

 

大那 特別純米 夏の酒 蛍

Point”ミネラル感と辛口で控えめな酸”

岩牡蛎のミネラル感に対して、スッキリと軽やかな味わいのお酒を合わせました。本来であれば「宗玄」など、広島県産の八反錦を使った方が日本酒と相性が良いですが、今回は夏酒ということで、それに似た味わいの「大那」を選びました。

 

 

和牛サーロインの網焼き×「長珍 SUMMER JUN」

 

薄切りにした和牛のサーロイン(取材時は北海道産)を軽く炙り、ミョウガ、ハスイモのスライス、もみじおろしをのせ、食感や香りも楽しめる一品に。自家製のポン酢をかけていただく。

 

長珍 SUMMER JUN 純米 無濾過生詰

Point”脂としっかりした酸”

この料理では、夏の食材は食感のアクセントに使用し、和牛に着目してお酒を選びました。『長珍 SUMMER JUN』は脂と相性が良い、厚みのある夏酒です。しっかりとした酸が和牛の脂を流してくれます。

氷を敷いた皿に、おおぶりの岩牡蛎をのせ涼やかな夏を演出。取材時はここ数年、品質が安定していると言われている徳島県産の岩牡蛎。食べ応えがあり濃厚で、程よい海水の塩分とミネラル感の余韻が残る。

 

鱧の新じゅんさい鍋×「村祐」

 

鱧、秋田県産のじゅんさい、茨城・鹿島産のハマグリ、白菜を具材にした、『旬の味 いち』初夏の定番鍋。「じゅんさいを煮て食感を楽しんでもらいたい」という店主の想いから、使用するじゅんさいはサイズが大きく、ぬめりが強いものを指定して仕入れている。

 

村祐 夏の生酒

Point”出汁の旨みと米の旨み”

鱧の淡白な味わいや、具材のうま味が詰まった出汁に着目して選んだのが「村祐 夏の生酒」です。このお酒は米を食べたときに感じられるうま味があり、やわらかな味わいで、飲み疲れしないタイプの夏酒です。鍋物の他、さまざまな食材と相性が良いです。

 


『旬の味 いち』へのアクセス〉
都営大江戸線 六本木7番出口 徒歩5分

東京・六本木にあるミシュラン一つ星の和食店。店主・田中氏の実家である長野から送られてくる新鮮な野菜と旬の食材を組み込んだおまかせ料理が楽しめる。日本酒は季節の料理に合わせ、約10種類を厳選。温度帯の違いやさまざまな酒器で飲み方の提案も行う。

Restaurant Data
店名: 旬の味 いち
住所: 東京都港区六本木7-10-30 清水ビル 1F
営業時間: Dinner:18:30~23:30
定休日: 日曜日 祝祭日

『旬の味 いち』は予約困難店ですが、ポケットコンシェルジュに会員登録していただくと、様々なレストランの最新情報を受け取ることができるようになります。

 

【取材・執筆】白石直久

【撮影】キミヒロ

【外観写真(味ノマチダヤ)提供】味ノマチダヤ

【外観写真(旬の味 いち)撮影】ポケットコンシェルジュ編集部

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