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TOP-CHEF-INTERVIEWS
「日本の食文化を世界に発信していく」。そんなポケットコンシェルジュのビジョンから始まったインタビュー特集です。日本で活躍する一流レストランのシェフを取材し、レストランに対する思いや、料理人としての考え方などを紹介していきます。

第15回

『été(エテ)』庄司夏子

入手困難なオリジナルケーキ「Fleur d’été(フルール・ド・エテ)」が話題を呼び、ケーキ購入者のみ来店できる魅惑のレストラン『été(エテ)』。シェフの庄司夏子氏は、弱冠24歳で独立し、その類まれな営業スタイルでも注目を集める若手の女性オーナーシェフだ。昨今では海外のイベントにも招待され、その活躍の場を世界に広げている。今回は、そんな庄司シェフの飲食店経営に対する考え方や今後のレストラン業界について語っていただいた。

Pick up topics
1.20代前半で、星付きレストランのスーシェフと有名ホテルのサービスを経験
2.ケーキのブランド力から築き上げた、“大事な人と過ごす”ためのレストラン
3.世界に活躍の場を広げ、若手料理人の可能性を体現し、業界の未来を切り開く

 

ete_シェフ④

 

20代前半で、星付きレストランのスーシェフと有名ホテルのサービスを経験

―――料理人を志したきっかけを教えてください。

中学校の時に家庭科の実習でシュークリームを作った際に、シュー生地が膨れる姿にいたく感動しまして、試しに家で作って友達に配ったら「なっちゃんはシュークリーム屋さんになったほうがいい!」って言われたんです。それなら、そういうお菓子や料理関係の仕事をしようと考えて、食物科のある高校を探して入学しました。

学校では、和・洋・中・製菓をすべて習います。専攻は、その当時好きだったイタリアンにする予定でしたが、フレンチの先生から「フレンチをやっていれば、すぐにイタリアンにも転向できるし、応用も効く」と言われ、そういうものなんだとあまり深く考えずにフレンチを選びました。

就職に関しては、学校の先生から同じ高校の卒業生である川手シェフ(現『フロリレージュ』オーナーシェフ)に声をかけていただき、川手シェフから『ル・ブルギニオン』(東京・六本木)で修業していた頃の同期である下野シェフ(現『アニュ ルトゥルヴェ・ヴー』オーナーシェフ)を紹介していただきました。そして、当時下野シェフが店を任されていた代官山の『ル・ジュー・ドゥ・ラシエット』で高校2年生から研修して、そのまま就職しました。

―――早い段階から現場に立っていたのですね。どのような修業時代を過ごされたのでしょうか。

『ル・ジュー・ドゥ・ラシエット』では、基本的にはデザートを担当させてもらいました。当時はミシュランの星をとったばかりでとても忙しく、仕込みの量も多いので、とにかく忙しかったです。毎日いっぱいいっぱいで死にそうだったので、その頃の記憶はほとんどないですね(笑)。

2年間くらい勤めた頃に下野シェフが独立することになり、私もお店を辞めたのですが、また母校から連絡があり、「川手が独立するからオープニングスタッフとして行ってこい!」と言われ、『フロリレージュ』で働きはじめました。

最初は厨房3人体制でスタートしたのですが、そのうちの一人が休みがちだったので、厨房に川手シェフと二人きりということも多く、満席のランチを川手シェフと二人で営業して忙しくしていた頃は、いまでも忘れられないですね。その頃はパティシエの仕事だけでなく、自分の仕事が終わって時間を作れば、やりたい仕事をしていいというスタンスでしたので、魚や肉をおろしたり、ソースを作ったり、いろいろな仕事を経験することができました。

―――『 フロリレージュ』では、いつ頃からスーシェフだったのですか?

川手シェフからは、明確にスーシェフだと任命されたことはないのですが、人の入れ替わりも多く、オープニングから3年間、川手シェフと一緒に働いていたので、仕事内容はスーシェフのポジションでした。実際には、『フロリレージュ』を辞めたあと、独立する際に自分のプロフィールを作る上で、「スーシェフと名乗っていいですか?」と川手シェフに許可をもらった感じです。レストラン業界では、「今日からお前がスーシェフだ」って明言されることの方が少ないと思うのですが、それが必要になるのは、やっぱり独立のときですね。自分のブランディングとして、それは絶対に必要だなと感じました。

――その後、どのような経緯で独立されたのでしょうか。

フロリレージュ』を辞めて、正直、もう料理人をやらなくてもいいかなと思っていたんです。この話は、実はこれまでほとんど明かしたことがないのですが、そのあと、『シェラトン都ホテル東京』でホールの仕事をしていました。これも母校からの紹介で、当時、都ホテルの『中国料理 四川』で総料理長を務めていた橋本暁一さんが母校の講師でもあったので、学校から「暇なら橋本先生のところでホールでもやれ!」って連絡があったんですね(笑)。

あとから考えると、独立するときに必要なことが、ホールを経験したことで学べたと思います。私自身、それまではずっと調理場で寡黙に料理をしていたので、お客様とあまり会話をする機会がなかったんです。都ホテルでは上品なお客様と会話をする機会が多く、話し方、接待の時の会計の仕方、気の使い方など、さまざまなシチュエーションでの対応方法を教えていただきました。

料理人とサービスマンの接客の仕方は、やっぱり違います。料理人がいきなりホールに立たされたら、上手く接客できないと思いますし、お客様はそのことに対して違和感を覚えると思うんです。私は、一人で店を切り盛りすることを想定したときに、お客様に「サービスは慣れていないな」と思われたくなかったので、都ホテルでは2年間サービスについて学びました。

独立のきっかけになったのは、その頃からケータリングや出張料理の依頼が増えてきたからですね。『フロリレージュ』時代に、雑誌の取材やレシピの提出などを私が担当していたので、雑誌の編集者と仲良くなっていたんです。それで、そのうちの一人の方からウエディングパーティーの際に、「なっちゃんの焼き菓子でケーキを作ってほしい」と依頼をいただきました。そうすることで、だんだんと料理の世界に戻ろうかなという気持ちになって、出張料理の依頼が増え、ホテルの仕事が減っていきました。そこから「お店をやろうかな」という気持ちになっていったんです。

ete_シェフ①

独立するときに必要なことが、

ホールを経験したことで学べたと思います。

ケーキのブランド力から築き上げた、“大事な人と過ごす”ためのレストラン

―――物件は、なぜこちらを選ばれたのですか?

正直な話「勘」で選びましたが、とりあえずあまり人通りも多くない場所で、料理が冷めたら困るから狭くてもいいと思っていました。ここは普通のマンションの一室なんですけど、賃貸条件になぜか「軽飲食可」となっていたんです。1日1組限定なので、洗い物も家族分くらいしか出ないし大丈夫かなと思って申請したら許可がおりました。

―――初めから「1日1組限定」のスタイルでの営業を考えていたのですか?

いえ、まったくそのつもりではなかったです。本当はある程度席数のあるレストランをやりたいなと考えていました。ただ、独立した頃の年齢もまだ24歳でしたし、『フロリレージュ』のスーシェフとはいえ、そこまで華々しい経歴があるわけでもなかったので、ひっそりとオープンしたところでお客様は来ないだろうな、と。現場経験も6年くらいしかないし、たぶん人も雇えない。それなら、自分一人ですべて見られる範囲でやって、オリジナルのデザートを作ってブランド力をつけてから、的確な金銭感覚を持ったお客様をレストランに招待しようと考えたんです。

独立して1年間は「Fleur d’été(フルール・ド・エテ)」というオリジナルケーキのみでランニング営業しましたが、結構賭けでしたね。オープン日はとくに決めず、告知もなくひっそりオープンしたのですが、雑誌関係の知人にはきちんとしたプレスリリースを作って配りました。ですので、雑誌の取材は最初から多かったです。そして、その出版社から紹介いただきテレビで放映されたのをきっかけに、一気に「幻のケーキ」と言われてブランド力がついてきたので、そのタイミングでレストランも始めました。

ete_ケーキ

1日10個限定で販売する、庄司シェフのオリジナルケーキ「Fleur d’été(フルール・ド・エテ)」。スライスしたマンゴーをバラの花のように盛り付けているのが特徴。季節によって、イチゴやメロンを盛り付けることも。また、コースの最後にはスペシャリテのアシェットデセールとして提供する。

ケーキもなかなか買えないのに、購入いただいた方々はレストランにも行けるため、お客様にある種のステイタスを感じていただいたようです。それに加えて、大事なのは「1日1組4名まで」という制限。レストランの評価は味だけでなく「誰と過ごすか」がとても大事なんです。一度に不特定多数のお客様を対象にしていると、接待、デート、ファミリーなど客層も利用シーンもばらばらで評価も分かれてしまうけれど、4名しかない席だと必然的に大切な人としか来ないので、いい評価を早いうちに得られると思っています。

 

―――すごく戦略的なアイデアですね。「Fleur d’été(フルール・ド・エテ)」のコンセプトは何ですか?

「一番大事な人と食べるケーキ」です。私のケーキは、予約をしないといけない、受け取りの時間も指定していてわざわざ取りに行かないといけない、といった制約があるので、受け取った方はそれを知っていると自分が大事にされていると感じて、印象に残ると思います。

いまは1日10個を基本に、シーズンに合わせて調整しています。同じお客様が頻繁に購入するものではないので、商品の入れ替えもそんなに必要がありません。一時期、頑張って作りすぎて体調を壊してしまったので、マイペースにやっています

―――レストランとしては、どのような店づくりを行なっているのでしょうか。

コース料理に関しては、ケーキと同じで、お客様が頻繁に来れる店ではないので、そこまでメニューは変えずに、シグネチャーディッシュをシーズンごとに年4回入れ替えるくらいです。あとは、お客様がSNSなどにあげた写真を見て私の料理だとわかるようにしたかったので、器も一目惚れして購入した現代作家さんのもので統一して、同じ皿を大事に使い続けています。

最近はエンタメ性の強いレストランが注目されていますが、私の場合はその部分ではなく、「大事な人とご飯を食べる」という原点に重きを置きたいと考えています。大切な人と過ごす、家族のような居心地の良い空間。それが直接おいしさにつながるという感覚を持ち続けていきたいと思っています。「もっと大きい所に出店しないか?」と言われることもあるのですが、この世界観を大事にしたいんです。

ete_料理①

初夏のシグネチャーディッシュである「鮎とズッキーニのパートフィロ包み、甘夏を添えて」。鮎のわたをソースにしており、鮎のおいしさとパートフィロのパリッとした食感が絶妙な一皿。

 

ete_お皿

食器は、現代作家・和田山真央氏の作品を中心に使用。季節ごとのシグネチャーディッシュが誰の料理か分かるように工夫している。

 

ete_シェフ②

「大事な人とご飯を食べる」

という原点に重きを置きたいと考えています。

世界に活躍の場を広げ、若手料理人の可能性を体現し、業界の未来を切り開く

―――現在は若手の女性シェフとして注目されていますが、今後の取り組みなどについて教えてください。

重労働でリターンが少ないといわれる飲食業界を変えたいという想いは強いです。独立してみて思うことは、良い料理を作るには、海外のレストランで食事をしたり美術館に行ったりして、現場以外の経験を積むことがとても大事になってきますが、いまのレストラン業界方々はそのような経験ができる時間やお金がないと思います。あとは、まだまだ女性シェフが少ない。体力的に辛いし、結婚などを考えたら将来性もないです。

私自身は、そこまでメディアに出たいタイプではないのですが、こうして露出を増やしているのは、私のやっていることを知ってもらうことで、業界を変えるきっかけになればと思うからです。海外にも行って、イベントにも出ていてという世界観を伝えていくことで、これから料理人になりたいと思っている人たちに、憧れをもたれるような人間にならないといけないなと思っています。

―――確かに、最近ではレストランの収益性を問題視するシェフが、以前より増えているように思います。

そうですね。例えば情報業界だったら、数時間で数百万円稼ぎだす人もいるのに、我々の業界は、自分の手足を使って仕込みをして、お客様が2~3時間滞在して、ペアリングのワイン込みでもせいぜい1人2~3万、多くても3~5万円くらいです。

そして、それぞれの料理のプロセスを知った上で価値を感じていただいているお客様は少ないと思います。例えば、お肉は来店の3時間前から低温でゆっくり火を入れていて、そこに添えているソースは、煮詰める前のベースのフォンから逆算すると、2~3日はかかっています。それがコースの一皿となると、お皿当たりの単価は3000円ぐらいになってしまい、利益率は低いです。

この現状が変わらない限り、料理人になりたいと思う人が減ると思います。生きていく分のお金は稼げるけど、料理人ってオーナーにならない限り決して裕福じゃない。それはちょっとどうなのかなって思っています。だから私は、スタッフに対しては将来的にはお金をもっと払ってあげたいですし、いまは海外に行ったり、お店の経費を使って月に1〜2回はスタッフが行きたいレストランに食べに行くようにしています。日本は人柄が良く意欲のある若手の料理人がたくさんいるのに、そういうことをどんどんやっていかないと廃れてしまう気がしています。

―――海外のイベントなどに積極的に出演されているのも、そうした業界全体を変えたいという想いがあるのでしょうか。

そうですね。若手の女性シェフでも海外で活躍している姿は必要だと感じています。世界ベストレストランやOADなどを見ていたら、日本だけでなく、海外にもどんどん発信していきたいと考えるようになり、いまは英語の個人レッスンに通っています。ケーキをどんどん作って売るよりも、将来を考えて自分の時間を確保して、お店のコンセプトを海外にも伝えていくことを大事にしたいですね。

そして、来てくださったお客様には確実に80~100点の評価をいただけるように努力することが必要です。ずっと高い評価を得られることで、将来的にはもっと大きな仕事につながっていくと感じています。

ただ、イベントに参加して思うことは、日本は特に、まだまだ料理人の仕事が安く見られていると感じることがあります。イベントなどで提示される額が安いと感じたり、旅費が出ないとか、ホテル代も自分で払わないといけない。お店の利益にはつながらないから、イベントが終わったら疲れをとる時間もなく、すぐに帰って営業するということも少なくありません。表面上はきらびやかに見えるけど、実際は全然ペイメントが伴っていないんです。ですので、そのようなイベントにはスポンサーが必要だと思います。

この状況を打開するためには、お店だけで稼ごうとするのではなく、自分自身の名前が知られるようになって、コンサルなど他の仕事でもお金が入ってくるような仕組みをつくらないと今後は辛いかな、と。そのためにも、小さい規模で100点満点に近い評価をずっと取り続けて、ブランド力を高めていきたいと思います。

ete_看板

〈シェフからの一言〉

今後のレストラン業界を盛り上げていくためには、若手の料理人の活躍がまだまだ必要です。そのためにも、まずは私自身が世界でも活躍する若手の女性シェフの一人になれるように、ステップアップしていきたいと思います。4席の小さいお店ですが、すべてのお客様に満点の評価をいただけるように努力していきます。これからもよろしくお願いいたします。


【聞き手/編集】白石直久
【文】笹木理恵
【撮影】キミヒロ


ete_内装 ウッディーな雰囲気の店内は4名がけのテーブル席が1卓。ワイングラスやカトラリーは、高級レストランで使用されるものを。

 

ete_入り口 都内の住宅街にあるマンションの1階を店舗に。ケーキの受け取りもこちらで行なう。住所・電話番号は非公開。

 

Restaurant Data
店名: été(エテ)
住所: 非公開
営業時間: 基本的にディナーのみ。入店時間はゲストと相談して決める。
定休日: 不定休
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