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【ラ シーム】独自のインスピレーションから、年間300もの“名品”を生み出す、フレンチ業界注目のクリエーター

【ラ シーム】独自のインスピレーションから、年間300もの“名品”を生み出す、フレンチ業界注目のクリエーター
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「日本の食文化を世界に発信していく」。そんなポケットコンシェルジュのビジョンから始まったインタビュー特集です。日本で活躍する一流レストランのシェフを取材し、レストランに対する思いや、料理人としての考え方などを紹介していきます。

第10回

『ラ シーム』高田裕介

食べ手の想像を超える洗練された料理で、いま全国のグルマンだけでなく、さまざまなレストランのシェフたちからも注目を集めている、大阪・本町のフランス料理店『ラ シーム』。オーナーシェフの高田雄介氏は、嗅覚や、料理の文献からインスピレーションを得るなど、独自の感性で料理を生み出しており、「ミシュランガイド京都・大阪」では二つ星を獲得している。今回は、高田シェフの料理人としての歩み方や料理哲学などについて語っていただいた。

Pick up topics
1.幼少期から志したフレンチシェフへの道のりで、運命を変えた渡仏修業
2.自ら発信し続けることで夢見る、世界レストランのボーダレス化
3.インスピレーションを仕組み化する、類い稀なルーティーンワーク

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幼少期から志したフレンチシェフへの道のりで、運命を変えた渡仏修業

――― 本日はこのような機会をいただいきありがとうございます。まず高田シェフが料理人になろうと思ったきっかけは何でしょうか?

小中学生のころに見ていたテレビの料理番組がきっかけですね。私は奄美大島出身で実家が電気屋なんですけど、当時、ケーブルテレビで辻調理師専門学校が監修している「料理大学」という番組があって、それを家に帰ってよく見ていました。そのテレビの中でお酒かなんかの液体を鍋に入れて燃やしてるのが印象的なシーンがあって、その時は何をやっているのか分からなかったのですが、完成した料理がすごく綺麗だったことを覚えています。そこから中学3年生くらいのときに見ていた「料理の鉄人」でも、その調理法と似たシーンがあって、具体的に何をやっているのか分かったと同時に、料理の面白さや料理人のかっこ良さを感じたことが、料理人を志すきっかけになったのかと。

――― 「料理の鉄人」には、和食やフレンチなど、さまざまなジャンルがありましたが、その中でなぜフレンチのシェフを選ばれたのですか?

料理番組を見ていて、単純にフレンチがかっこいいなと思ったからです。私は小学校と中学校の卒業文集で、どちらも「将来の夢はフランス料理のシェフ」と書いていました。

――― 小学生のころからシェフを目指されていたなんて、すごいですね。フランス料理の業界でさまざまなキャリアを積まれていますが、高田シェフが修業時代に得た一番の学びは何ですか?

一番初めの修業先を辞めようかなと思ったときに、そのレストランのシェフにいただいたアドバイスです。「質の高いのもの見れば、下げるのは簡単だから。いまより下のところを目指すよりも、一度上を目指せば、下に降りるのは簡単だから」とういう言葉です。それは技術面だけじゃなくて、メンタルやフィジカルな部分も含めて、頂点と呼ばれるレストランの仕事を体験するという意味です。頂点を見ずに修業してたら、質の高い仕事を知ることができないという考え方は、いまでも心に残っています。

――― 「質の高い仕事」という視点でいくと、海外の三つ星レストランで修業したくても、昔は日本人シェフに対しての評価がまだ低く、修業すること自体が難しかったのではないでしょうか?

そうですね。私は専門学校時代に一度、辻調理師専門学校のフランス校にいたことはありますが、本格的な修業としてフランスに行ったのはいまから10年前の29歳の時です。特にコネクションもなく、初めは知り合いに現地に住んでいる日本人の方を一人だけ紹介していただいて、その人だけを頼りにとりあえずフランスに渡りました。その際、学生ビザがなんとか使えたのと、フランス語で履歴書をつくるためにも、まずは語学学校に登録しました。

ここで、ちょっと面白い話なのですが、語学学校に行った初日に見知らぬ日本人の男性に「あなたは料理人ですか」と声をかけられました。よくよく話を聞いてみると、当時フランスで二つ星の『タイユヴァン』で働くことに興味はあるかという内容でした。ただ、興味はありましたが、フランスに来たばかりで、フランス語がまったく話せない状態だったので、その男性には、「とりあえず3カ月だけ一生懸命頑張って勉強しますから、もしその時に私のこと覚えてたらお声がけ下さい」とお伝えしました。

そこから、毎日朝からフランス語を勉強して、フランス語でちょっと挨拶くらいできるようになったときに、その人がまた声をかけてくれたんです。ちょうど3ヶ月後ですね。それでフランスで最初に働いたのが『タイユヴァン』でした。

――― えっ!そんなことってあるんですね。

正直な話、毎日その学校に登録にくる人はたくさんいるんですよ。そんな中で採用していただいたので何かの縁というか運命的な感じでしたね。あと、私がフランスに行った目的は、最終的にミシュランの三つ星で修業することでした。ただ、技術を習得するということはあまり考えていなくて、チームの構成とか、組織の在り方とか、フランスのグランメゾンとはどういうものかを、ちょっと見たかったんです。それで、最終的に入れたレストランがミシュラン三つ星の『ル ムーリス』です。そこでは、ちゃんと契約もして、正規雇用してもらったのですが、それができたのは私たちより年齢が10、20上の日本人シェフたちが現場でちゃんとした仕事をしていたからだと思います。私なんかコネも何もない人間だったので、先陣を切っていただいた先輩たちのおかげでいまの私があるというのは常に感じています。

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頂点を見ずに修業してたら、質の高い仕事を知ることができないという考え方は、いまでも心に残っています

自ら発信し続けることで夢見る、世界レストランのボーダレス化

――― さまざまな修業を経て、2010年に独立されていますが、独立のきっかけは何ですか?

独立心は昔からすごくある中で、いろいろなご縁があったからですね。フランスから帰ってきて、日本のレストランでも勉強しようと思い、いろんなレストランに面接に行ったのですが、ことごとく断られるんです。そんな中、いろいろな融資の話などがあり、とりあえずレストランをやってみよう思ったのが2010年です。ただ、レストランを運営するノウハウは一切なく、おいしい料理を作ればお客様が来てくれるだろうと思っていましたが、なかなか集客できず開店3年目ぐらいまでは大変な日々でした。

――― そのあと、ターニングポイントみたいなものはありましたか?

「ミシュランガイド京都・大阪」に掲載されたことで、徐々に反響がでてきました。あとは、内装を少し変えたことですね。10年くらい前、フランスにいたときに、『ノーマ』が少しずつ人気が出てきていて、フランスではさまざまな雑誌に載っていました。料理のトレンドが、モダンなスペイン料理ではなく北欧料理に注目が集まっていた頃です。私は当時『ノーマ』がすごくかっこいいと思っていました。ですので『ノーマ』のような、ラフな感じの内装でレストランを運営することに憧れていたんです。木材のテーブルを置いてテーブルクロスはかけず、店のスタッフが食事ができるロングテーブルがあって、なおかつ、料理もハイクオリティ。その内装をイメージして、自分の店でもオープン当初は、木材のテーブルでテーブルクロスをかけないスタイルで営業していました。

そして、その当時、一般的にお客様のフレンチに対する認識が現在よりも低いので、高単価の店=ラグジュアリーな店でした。このちぐはぐ感が、いまだったら少しは受け入れてもらえるかもしれませんが、店がオープンした7年前はあまり受け入れてもらえませんでした。ハードの部分ばかりに気をとられて、お客様目線で店づくりをしていなかったのと、顧客や人脈を持っていなかったことが集客できていなかった一番の原因だったと思います。それらを改善することで客足が伸びてきたので、そこがターニングポイントですね。

――― 面白いですね。最初のコンセプトを日々の営業の中で改善していったわけですね。

そうですね。でもこっちが変えないと、ただじっとお客様を待っていても時間がかかりすぎますし。とりあえず来店いただいたお客様に関しては良いイメージをもって帰っていただくために努力するのみですね。あと、私の中では日本というマーケットは、全て後手後手だと思っていてます。いまは南米のレストランが注目されてますけど、そうではなくて、世界中のレストランのトレンドをボーダレスにしたいな、時差をなくしたいなという感覚なんです。トレンドよりも、日本からスタンダードを生み出していきたいと思っています。

――― ボーダレスというところでは、いまでは日本料理が海外で評価されていますね。

そうですね。日本料理は『傳』の長谷川さんやその他の日本人の海外でのパフォーマンスの影響でボーダレスになりつつありますよね。あの取り組みは一つの切り口になっていると思います。そこを、例えば京都の日本料理店の方々が手を取り合って海外に発信すれば、さらに世界に広がっていくのではないかと思います。ただ、現在は凄まじいスピードで海外の方々が来日されて日本のリアルな食文化に触れてそれを発信しているため、それによって飽きがこないか心配しています。

――― そんな中で、『ラ シーム』の料理をボーダレスにしていくにあたり、何かお考えになってることはありますか?

昔は、ジャーナリストさんに取材に来てもらわないと発信できない環境でしたが、いまはSNSを使ってお客様自身がレストランの魅力などを発信していますよね。そこを活用しないといけないなと思っています。だからこそ、来店いただいたお客様に対して、できる限りのおもてなしをしていく必要があります。あとはお店でインスタグラムを使ってビジュアル面を自ら発信し、最低限の情報提供を行なう、それだけですね。

――― これだけSNSが発達すると、手の込んだ一皿やサービスをしっかりやることで、評判になる繋がるということですね。

そうです。料理の画像だけ見ても、実際に食べてみないと何も分からないわけですから。来店していただくまでのアクションとして、SNSを活用するのはすごく大切だと思います。

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トレンドよりも、日本からスタンダードを生み出していきたいと思っています

インスピレーションを仕組み化する、類い稀なルーティーンワーク

――― 料理を日々作っていく中で、大事にしてるポイントはありますか?

料理のおいしさを追究することはもちろんですが、日々、自分の感性から生まれる料理を作り続けることです。私は、そこまで完成度は高くないですけど、新作としては年間300品ぐらい作っています。これは学習というか毎朝のルーティンワークで、お題もなければ、何か特別な発想があるわけでもありません。ただ、朝、冷蔵庫を開けてその日の感覚で作っています。記録を残すために、料理は自分で撮影もしています。

その他、このルーティンの素材集めで日々いろんなことしたり、人と話したり、ぼーっとしたり、音楽を聴いたりお客様のこと考えたりしています。感覚による情報収集はすごく大切だと思います。そして、自分の日課をスタッフに見せることで、ものづくりのヒントになればいいなと。このスタイルはうちの売りの一つで、リピーターの方に関しては、全てメニューを変えてお出しすることもあります。あとは、料理を作る過程が大切だと思います。できあがった完成品がどうかではなく、作り手の気持ちを伝えることが重要で、それを料理を通して伝えていきたいです。

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日々のルーティンから生み出された料理の一例 写真提供:ラ シーム

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日々のルーティンから生み出された料理の一例 写真提供:ラ シーム

――― 300品を作るってすごいですね。料理のアイデアはどこから得るのですか?

匂い(香り)ですね。視覚情報より面白いです。例えば、その土地の匂いってあるじゃないですか。外国に行ったときの匂い、田舎に帰ると田舎の匂い、大阪に帰ってきたら大阪の匂いがします。そして、お店の匂いがあって、家の匂いがあって、そこだけがいつも記憶に残るんです。パリの地下鉄の匂いとか路地裏の匂いだったりとか、マンハッタンの匂いだったりとか、空港の匂いだったり。そうすると、ある匂いを嗅いだときに、過去に嗅いだことのある匂いに似てることがあるんです。そして、匂いの記憶だけを頼りに、似たような素材の匂いなどをリンクさせ、そこからインスピレーションを得て料理に反映することもあります。

あとは、店をオープンして、1〜2年ぐらいは、フランス料理の本をずっと読んでいました。ビジュアル本ではなくて、活字の本で、全てフランス語で書かれたものです。解釈が分からないところは調べて、そこからインスピレーションを得ていました。世の中で認知されているフランス料理は全体の30%ぐらいですので、その紹介も兼ねて、オープンしてから1年半〜2年ぐらいはフランス本土の22州の地方料理を再構築したものをコースに組み込んでいました。ただ、お客様にコンセプトや地方料理自体を説明をせずに、曖昧なことが多かったので、これがまた受けが悪かった。なぜかといえば、その郷土料理自体を誰も知らないからです。でも、料理人の方々は逆に勉強になるって喜んでいましたが。

――― そうなんですね。ただ、それも財産になっているのではないですか?

財産にはなってます。文章から想像する力が身につきました。料理を作る上で、この想像力が一番大事だと思います。17〜19世紀の文献を辞書をひきながら読み解いて、逆にいまその文献に書いてある料理を見ると意外に新しいなと思うことがたくさんありますし、もちろん得た情報は自分の引き出しにストックされます。例えば、いまではあまり使われませんが、昔はバターの代わりに豚の脂も使っていました。お菓子の生地は、豚の脂と小麦粉と砂糖で作っていたんですね。

ただ、それらの料理やお菓子が現在に残っていないのは、やはり需要がなかったからです。一方、需要があるパイ包みなどは残ってるわけです。でも、需要がない料理もアイテムとしてはインターネットにあがっていたり、本に出ていたりします。昨今、世の中に登場している新しいスタイルの料理は、影響力のある人がメッセージとともにリリースすることで流行ったりします。しかし、その料理は実は昔からその土地に存在していたり、一般的に認知されていなかっただけだったりします。私はいつもそういう考え方です。あまり流行りにのっていかないといいますか。料理人としてオーナーシェフとして“ブレない自分づくり”が重要だと思います。現在では、海外で影響力のあるシェフたちは自分の生まれ育った環境を愛し、掘り下げ、それをテクニックとして使い世界に発信しています。日本人も同じことをすれば新しい発見や、海外に対してのアプローチがもっとできるようになると思います。時間はかかりますが、自分だけではなくそれを若いシェフにも伝えていけば仕組みが変わるし、ちゃんとオリジナルができると思うんです。お客様のニーズに寄せながらも、自分の軸は持つべきかと。

――― かなりの数の料理を作られていますが、その中でお店のスペシャリテについて教えてください。

前菜でお出ししている「ブーダンドック」が唯一のスペシャリテです。ホットドックの黒バージョンで、食用の竹炭を使った生地の中にブーダン・ノワールが入っています。料理人を志して約20年、時代の移り変わりを日々感じながら料理を作るので、自分自身のスタートの位置確認として、フランスに対するリスペクトを込めた一品です。その他の料理は変え続けています。いわゆる“鮮度”が大切だと思うんです。私は、フランス料理の構成要素の大部分を占めているのが油脂と酸であると考えていて、そのバランスを保ちながら変えています。お客様に飽きがこないようにするためにも、変え続けることは重要ですね。

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「ブーダンドック」 写真提供:ラ シーム

――― ありがとうございます。最後に今後の展望をお聞かせください。

若手の料理人が育つ環境をつくりたいですね。料理人の価値といいますか、立ち位置が欧米と日本ではちょっと違うと思います。特に日本の洋食の料理人は立ち位置が下ですね。これをどうにかして、もうちょっと向上させていかないといけない。海外にアプローチするにも若いに越したことはないと思います。語学の習得も若いうちにしておく。いざ、海外に出れるとなったときに、すぐ行動できる用意をしておく。そういった環境も、国やお店がつくってあげても良いかと思います。

今後、世界中である程度日本料理が浸透すれば、海外の人が求めるのは既存の日本料理とは違うアプローチになります。そこで日本の食材で洋のテクニックを使って料理をする。そうすると、日本料理をそのままを伝えるよりもっとわかりやすく日本の食材を知ってもらうことができると思います。

ですので、才能のある若手の料理人は、もうちょっと手厚くサポートして、その料理人の素質を見てもらえるような環境が必要です。『ラ シーム』でも、若い20~30代前半のシェフが、早く育つ仕組みができればいいなと思います。すでに取り組んいることとしては、若手の料理人をコンペティションなどに積極的に参加させて、お店に在籍しながら外にプローチをかけ、自身のモチベーション、技術向上のためにできる限りのバックアップをしています。私自身は次のステップに向けて準備をしています。

ラシーム_外観

〈シェフからの一言〉
スペシャリテ以外の料理を変え続ける中で、『ラ シーム』では「奄美大島出身のシェフが作るフランス料理」も売りの一つにしています。ランチ、ディナーともに奄美大島の食材をメニューに取り入れ、料理内容としては私の母親や、祖母の料理をリメイクしたものを作っています。その他にも、お客様の要望を伺い、どのようにして喜んでいただくかを考えながら日々営業しております。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


【聞き手】戸門 慶
【文】白石直久
【撮影(人物)】ポケットコンシェルジュ編集部
【料理写真(料理、店内)】「ラ シーム」


『ラ シーム』へのアクセス〉


地下鉄御堂筋線本町駅1番出口から徒歩5分

ラシーム_外観大阪のオフィス街として知られている「本町」に店を構える。近隣だけではなく、遠方からもレストランのシェフや食通が訪れる。
ラシーム_外観黒を基調に高級感を感じさせる、シックなデザインのファサード。
ラシーム_内観温もりを感じる木目調の床に、白と黒のコントラストが印象的な店内。
Restaurant Data
店名: ラ シーム
住所: 大阪府大阪市中央区瓦町3-2-15 瓦町ウサミビル 1F
営業時間: Lunch:12:00~15:30(L.O.13:00)
Dinner:18:30~23:00(L.O.20:00)
定休日: 日曜日

『ラ シーム』は予約困難店ですが、ポケットコンシェルジュに会員登録していただくと、様々なレストランの最新情報を受け取ることができるようになります。